武田泰淳 『風媒花』 三

一 橋のほとり 三

「橋の向こうの電車線路を横断すれば、研究会の仲間の集合しているビルが、直ぐ鼻の先だ。……商売熱心な女たちの太い手脚の動き方、線路を挟んだ両側の二組の男女のチグハグな心理状態が、峯にはよく感ぜられた。」

ここは、「特殊な男女」の様子が描かれていますが、これは、峯が背負っている世界の反映なのかもしれません。武田泰淳は、ここに、峯が歩を進めている世界がどんなところなのかを暗示したいのかもしれません。

作品の世界は、既に登場人物の心象風景の反映であり、描写は、登場人物に収斂してゆくものと私は考えています。つまり、この「特殊な男女」に峯もまた、加わっていることを暗示しているのではないかと思います。

「正面のビルの二階、正確な感覚を置いて、堡塁(ほうるい)の銃眼に似て孔(あな)をあけた窓のどれか一つから、仲間の誰かが、流れを突き抜けようとする峯を注視しているにちがいない。」

ここで、峯の心理状態がはっきりと浮き上がってきます。今もって、峯は、戦時下の兵士の如くにその魂は、ピリピリと焼け焦げるように緊張し、絶えず、誰かに狙われているという恰も被害妄想的なものを背負っている事がよく描かれていると思います。武田泰淳は、巧いと思います。

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