一 橋のほとり 二
そして、武田泰淳は、橋の描写に映ります。
「幅の広い灰色の橋は、妙な安定感があった。その束の間の安定感は、彼自身のものだ」
これで、峯が青黒い汚水の上で妙な安定感の中に置かれた人物な事が直ぐに呑み込めるように書かれています。こんなに親切な描写があるでしょうか。つまり、峯は橋の上のみで聞く妙な安定感の中にあるのです。これに続いて、武田泰淳はこう書きます。
「急ぎ脚で渡り切ることも、のんびり立ち止まることも、彼の自由だ」
つまり、峯にとっては、青黒い汚水の上にあって妙な安定感のある橋の上でのみ自由を謳歌しているのです。否、青黒い汚水の上の橋でしか「自由」が味わえないと言っているのです。つまり、峯は、終始窮屈な状態にある事がこれで暗示されています。
峯は、いざり乞食と新聞売りがいるその端を、有楽町の駅へと向かうサラリーマンとは違う人物として思い通りに穂を進めると綴られています。
「峯は与えられた時間を、思い通りに使用できる、選ばれた人物のように、一歩々々踏みしめて行く」