芥川龍之介『侏儒の言葉』 その1

 先日まで武田泰淳の作品を中心に書いてきましたが、本日から趣向を変えて、他の作家も書く事にします。その一番手となるのは、芥川龍之介です。名前は知らなくとも、国語の教科書で顎に手を添え、どこか遠くを見ている様な写真を一度は見ていると思います。そんな芥川龍之介は1892年、武田泰淳より二十年前に生まれています。そして、二十三歳の時に「羅生門」でビューします。余談ですが、武田泰淳は文京区、芥川龍之介は京橋区と生まれた場所は近くだったそうです。
 「羅生門」は本当に有名で、教科書で読んだ人もいると思います。それも紹介する予定ですが、本日から数回に渡って紹介するのは晩年の作品「侏儒(しゅじゅ)の言葉」です。そこから、私が気にとめた個所を掲載します。第一回目は「序文」です。

「侏儒の言葉」は必かならずしもわたしの思想を伝えるものではない。唯わたしの思想の変化を時どき窺うかがわせるのに過ぎぬものである。一本の草よりも一すじの蔓草つるくさ、しかもその蔓草は幾すじも蔓を伸ばしているかも知れない。

 分かりやすく書くと「自分の考えを伝えるつもりはなく、少し見せる位の内容です。例えるなら一筋の蔓草の様です」となります。どこか「徒然草」を連想させ、個人的に非常にきにいっています。

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