夏目漱石について その8

 前回の記事では漱石の甘味に対する話を書きました。明治は日本が海外と対等になろうと西洋文化を積極的に取り入れていたという話も書きましたが、件の漱石は英語の本場であるイギリスに関して良い印象が無かったそうです。こう書く理由としては漱石が国の要請で英国留学をした時の感想が小説「坊っちゃん」の時に様に良い事が書いてないと紹介する書籍が多いからです。この頃の漱石は荒れていたらしく、国がイギリスの調査報告書を出せという連絡をしたら、白紙で返答があったそうです。これを見て国は漱石が神経衰弱になったと思い、迎えを寄こしたそうです。実際は元気だったそうですが、慣れない海外生活に時を同じくして親友というべき正岡子規が無くなったのもあり、精神的に弱っていたのではと思います。今の様に故郷と直ぐに連絡を取れる時代でもなかったですし、本人の苦労が伺いしれます。ただ、この頃の記述では英国の動物は人間の言葉を理解している様で驚いたという記述も残っているそうです。全ては悪かったという訳ではないのでしょうね。

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