武田泰淳 『風媒花』 四

一 橋のほとり 四

「峯自身も誰も来ていない二階の喫茶店の固い椅子に腰を下ろすと、きまって窓から、街路を見下ろす。……新しい仲間どうしが、互いに監視しあい、警戒しあうところまで、まだ事態は進展していない。だが、やがてそうなるのだ。そうならずには、すまないのだ。その兆(きざし)は、もう十分すぎるほどだ。」

峯は、ついさっき自分が歩いてきたアスファルトの道を二階の喫茶店から「監視」する、と書かれています。都会の歩行者は、どれも緊張でギクシャクしている、と。何故、峯は、癌化の都会の町の様子が、その様に見えてしまうのかは、峯が後ほど語る筈です。今は、峯が連れてゆくこの小説世界にどっぷりと浸る心構えで、読み進んでゆきます。

「上着の脇の下で……、蔓草はその街角にそぐわなかった。」

ぼろ自動車のタクシーで峯の視界の中にやってきたのです。そして蔦葛をからませた協会の描写など、峯は、どこか物欲しげにビルに向かい合っている教会を抜けてやってきたのです。

「『無理だな、蔦は無理させられているな。無理はよくない。まちがっている。だが奴は、自分自身で枯れるか、それとも奴を這わせた掌でへがされでもしないかぎり、ああやってへばりついていることだろうな、奴はな』自分事のように、彼はそう思った。」

やはり、蔦葛は峯の心象に媚びてきていたのです。そして、峯は、それを噛み締めるように心内で反芻しているのです。

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