私が感銘を受けた文学作品を一つづ取り上げて、或る種、独善的な解釈を試みて、その文学作品が現代に持つ意味を浮き彫りにします。
武田泰淳 『風媒花』 一
始めにドストエフスキイを取り上げたかったのですが、その予行練習に、先ず、武田泰淳の『風媒花』を読解してゆきます。これが読み終えたならば、ドストエフスキイの『悪霊』を取り上げるつもりです。
この武田泰淳の『風媒花』は、武田泰淳の初期の名作ではないかと思います。現在、武田泰淳の名前を聞いたことがないと言う人も多いと思いますが、この武田泰淳の世界を鷲掴みにしてしまうような文学世界は、現在も、その内容に古臭さは微塵も感じません。
一 橋のほとり 一
武田泰淳の作品は、その出だしが上手い、という事でも有名です。『風媒花』は、次のように始まります。
「青黒い汚水の上に堅固に延びた、コンクリートの橋を、峯はことさらゆっくりと歩いた」
これで既に、峯と言う人間の心内が解かるように書かれている事が解かる筈です。「青黒い汚水」、これが峯を現在、覆っているものなのです。それをズバリ、書き出しで書く武田泰淳は唯物ではありません。