武田泰淳 『風媒花』 十八

一 橋のほとり 十八

「……。月報に載せる論文を、峯は何回突き返されたことか。一太刀、二太刀、鍔(つば)鳴りもせずに斬りつけて置いてからり、軍地は年長の同人と、後を囲む。パチリパチリと並べられて行く白黒の石を睨(にら)みながら、峯はぽつねんと、仲間はずれの自分を悲しむ。」

そして次に、峯の心の声が書き綴られます。

「『どうして軍地の奴、俺の悪口ばかり言いやがるんだろ。悪口だけとはひどいじゃないか。何処か一箇処ぐらい、ほめられるところがありそうなもんだ。もしかしたらこいつ、とてつもない意地悪なんじゃないかな』」

これが峯が現在抱く軍地に対する本心なのだと思います。と、その様にとって先へと読み進みます。

「終戦後、『中国』はほとんど流行語となった。……。帰還した軍地が最初に吐き出した一句は、峯を打った。『俺は今となっては、中国という言葉を使うのが厭になった。『中国』は、無反省なインテリ共に汚されてしまった。彼等はこの言葉を愛してなどいない。ただこれを利用して、これを喰い物にしているだけだ。彼等は『中国』にもたれかかり、その上に胡坐をかいている。この言葉はかつて我々にとって、無限の苦悩とあこがれを象徴する、美しい精神の結晶だった。今では便乗車の掌垢にまみれた、だらしない通用語と化した』」

と、地の文が書き連ねてあります。これが、「中国」を取り囲む終戦後の状況だったのは疑う必要は無く、この武田泰淳の文を信用してこのままも物語世界に没入します。

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