武田泰淳 『風媒花』 二十三

一 橋のほとり 二十三

「『桂さんは、中国へ帰りたくありませんか』と、軍地がたずねる。……。桂が笑わせようと思った通り、日本人たちは笑った。しかし、軍地と原は笑わなかった。」

ここで、軍地と原が、他の日本人たち、つまり、西と峯とは立ち位置が違うことが描き分けられています。

「『中共がが全国を支配して、新政府を樹立した時、わたしは日本に来ていた。……。今頃まで日本にいるわたしを向こうの政府が、どう取扱ううか、行ってみなきゃわからんからね。Qの友情だけでは、どうにもならぬ事情が発生してるからね』/『身を誤ったわけですか』/『……まあ、政治の話は止めようや』」

どうやら、桂も軍地も何か複雑な事情を抱えているように思います。

「桂はからみつく軍地から身をもぎはなすように、灰色の背広の肩を落として笑った。その笑いは技巧的だが、淋しげでもあった。日本文化人を批判したい気の強さと、祖国と直結していないことの反省的弱さが、桂の艶のよい額のあたりに、あわただしく交替した。」

ここで、桂の日本におけるその立場が不安定である事が解かります。その不安定さを桂の姿の見え方で描いています。ここで、武田泰淳は、桂というものの造形を始めているように見え、それには、まだ、桂の素性が現われるのは、まだ、後のことである事を暗示しています。小説は、このように勿体ぶった書き方でいいのです。先を急ぐ必要はありません。小説世界の時間は、偏に書き手、つまり、『風媒花』においては武田泰淳の手にあります。それをじっくりと観察しようと思います。

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