武田泰淳 『風媒花』 二十八

一 橋のほとり 二十八

「……暗いボックスに坐り込んだ二人組の客の一人は、時々彼等の方に視線を投げる。肩つきのガッシリした、紺色の服の中年男だ。……。中年男は不機嫌に、やかましい中国狂(シナきちが)いたちを、睨みつける。他の客とは異質の臭気を漂わす、生意気な危険人物が、いまいましいかも知れない。……。中国好き、ロシア好き、アメリカ好き、好きと言うだけで、レッテルが額の正面に、刻印のようにベッタリ貼りつけられる神経過敏な世の中なのだ。フランス好き、インド好きなら泰平無事なのだ。だが、中国好きとなると、事は面倒になる。政治的な体臭が、すぐさま周囲に発散するのだ。俺と政治? 峯は哂(わら)いたくなる。秘密の視線の雨滴が、彼の首すじに、冷たく、感触される。監視されているなら、彼の無意味な存在は、いくらか歴史的意味をおびて活気づくだろう。スリラー物の『狙われた男』は、恐(こわ)がりながら、恐がらない時より、自己の声明を大切にするものだ。」

小説世界にどっぷりと浸って言えば、峯という人間は、客観的の己の立ち位置を知っていて、それでもなお、「存在の意地」なのが、世の中にとっては物騒な「中国」に拘っています。

書き手の武田泰淳の立場からものを言えば、この敗戦の余に、峯のような人物を書かねばならなかった屈辱にも似たある屈折した感情が抑えられなかったに違いありません。

とにかくもこの地の文で一通りこの小説世界の舞台が見通せたのは間違いありません。

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