武田泰淳 『風媒花』 三十一

一 橋のほとり 三十一

「『そいつは一体どこにいるのかね。日本にいるのか、中国にいるのか』西は、くすぐったそうな微笑で峯にたずねる。/『峯のは、被害妄想だよ。アプレゲール的誇張だよ』酔うと青みを増す軍地の顔は、依然として峯の方に向けられない。『政治とか文学とか言うものを、何か日常生活と離れた、特別な物として峯は考えてるだろ。だからすぐ大げさな結論に跳び込むんだ。目前の日常的な、小さな問題を、一つ一つ具体的に解決して行くのが政治だよ。できる事から着実に実行するのさ。それができないで、政治も文学もないよ。女の問題でも、家庭の問題でもいいさ。それに責任を以て、自分でカタをつけられる人間でじゃなくちゃ話にならんよ。どうだい、峯は蜜枝さんのこと、うまくカタがつけられるか』/『峯君は老子になろうとしているんだし、軍地君は墨子になろうとしてるんだから、路はちがうさ』と、梅原は仲裁者らしく言った。」

ここで、武田泰淳の諧謔が吐露されていますが、しかし、此処は飽くまで、小説世界にのめり込んだまま、この峯という人間の有様が軍地によって端的に述べられてゐる事に注目です。峯は文学にのめり込もうとしている事が仄めかされています。そして、軍地の政治観と文学観が吐露されています。軍地の目には、峯は、文学を日常生活とはかけ離れたものとして考えられているのではないかと、不振が述べられています。アプレゲールとは第二次世界大戦後という意味です。

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